2011/11/07
煽情し、刺激し、刺激しあう。

昨日は某テレビ局でタレント育成をしていたら、某テレビ局は我らが巨人軍でザワザワしていた。なんだろか、と資料映像を観にいった。身体の力が抜けて、身体表現レッスンをしたら、気絶しそうに具合悪くなる。ファン心理とはこんなものさ。
今週も開かれた稽古場。参加者4名、見学1名で作品「動く」を。作、演出 森島朋美 出演 松本、Hで、Mケル、H子 即興音 DubMasterX
今回の作品は音と声で進む煽情の実験劇。「動く」言葉と音と動きの乱舞。
暗闇がじわじわと明るくなる中、突き破る嬌声、狂乱乱舞の態。しだいにそれは身体表現となる。
音が途絶えると人々は佇み、観客席を威圧しはじめる。かなりの長い時間、観客席を舐めるようにみていた人々の目は次第に観客席を煽る。激しく挑む。
あらかじめ用意された外部からの声が人々を挑発する。
そんな作品。台本割愛。
言葉は「誰だ」〜「放して」「話してよ」まで。時には激しく、ときには無礼に、時にはやさし気に飛ばす。
役者たちは動き続ける。言葉による化学変化が起こる。言葉は決められた安定を持ち、役者たちには影響を受けないこと。煽られ、崩れ、立ち直る人々の葛藤を M本とHでは見事にやりきった。Mケルは途中向かう先を見失ったが、彼の集中をどう解消していくか、課題となった。H子は音、言葉に対する反応、想像力と もにまだまだ。繰り返して。感度を上げたい。
望むらくは、次第に強い言葉に対する激しい抵抗がM本、Hでを混乱させてしまい、言葉との闘いになってしまったので、そこからの発展が欲しかった。
こういった作品をすべてのモチベーションが上がりきった状態で作りたいな。
混沌とし、どろどろした激しい作品の片鱗はみえたが。
音の共存がマシン的な無理もあるのか、時折キレがなくなるのが惜しいと感じた。
影響し、ただそこに存在することが、結果として表現となり、芝居として成立する。あたしの創りたいものはそんなことなのだ。

さらに「人物図鑑」
15種類の人物をそれぞれに。H子に求愛していく。役作りの瞬間芸。Hで、M本、Mケルの発想力が柔軟で面白い。そして、それを形にすることができるようになってきつつある。嬉しい。
それぞれの間合いも面白くなった。そこで人物の色が惚けたシーンも否めないが。
何よりの成果はいつも構えてしまうH子が自由になれたこと。どんな役者でも、きっとこの自由が必要なのだよね。活き活きとしたH子、成果。
ここから続けて恒例相関図。今回は「爆発」を課題としてみた。
M本の発想が素晴らしかった。ただ、これをドヤと演じてしまうのが残念。手を打ち、やり直すが、回りの反応も決まらず、不発に。
爆発のきっかけを、理由をそれぞれにはっきりさせないと爆発のシーンは成立しないってことだね。そして、基本に持つ愛情という感情が弱いから爆発が効かなかった。という結果。
あたしの書く作品は常に観客を意識して、観客との共存で成立していく。これからも創る。挑む。