2011/12/12
音楽劇に挑んでみた

師走。教えるのは苦手なので、どの稽古場でも共存することを心がけている。
うちの開かれた稽古場、作品を創り続けた今年後半。実は夏に予定していた本公演ができなかったので、ここで律して作品を書き続けるという課題を自分に課したのだ。
本公演の作品になっていく要素を含んだ小品の連打というわけだ。
今回は芝居をやり続けてきて、拘り続けている音との共存、感情蠕動をいつか音楽劇にしていきたいと思い続けてきた結果をひとつ書いた。
稽古場作品には身体表現と音との共存をかならず含めてきた。今回は音楽劇「感情肉体派」、、そうね、アングラミュージカルがやりたいってことよ。
作・演出 森島 音即興 Dub
出演 M本渉・Mケル・Y子

感情をリアリズムと表現と言葉と歌で綴る。
一枚の紙に書かれたことば「ここは どこの 細道じゃ 天神さまの
細道じゃ」スタイリッシュなダンスの中、つぶやかれ、歌われていく言葉。『人力飛行機のための演説草案』の言葉の羅列、紙飛行機舞う。
すれ違い、感じ、落ちる。
肉欲蠢く。エクスタシーの歌、低音で響く。
嫌悪し、憎み、
別れる。殺してやる。殺してやる。消えろ。
嫌味な音楽高らかに観客席を覆う。
次第に規則的なダンスを踊り始めている男または女。
暗転。客電。

作品説明のはじめに、振付します。と言うと、皆が固まる。
単純なカウントがとれない。再調整して、続けた。最初は歌を意識してしまい、うまくいかなかったが、助言しながら感情ありきと繰り返すことで、その歌は息 をし始めた。行動も言動も感情もリアリズムであり、ピークの感情だけを表現、そして歌に変えることだ。オープニングからの音が全編に続いてしまったので、 これはいただけなかった。それぞれの構えと苦手意識についてダメ出し。
後半は修正を重ねたことで3人とも光る瞬間が産まれてきた。
官能表現のY子に思い切りが足りていない。M本も声を飛ばすと軌道修正ができるが、これが自発的にできて当たり前だのクラッカー。
しばらく間の空いたMケルのエンジンのかかりが遅かった。殺意の部分の死にゆく様は輝いていた。
あたしが発想している音楽劇への糸口は少し見えた。やりたいんだなあ、ダンスありのアングラミュージカル。やれそうかな・・と光明少し。
上演時間 1時間。
続いて、奇妙な部屋。これも作品化することを試みた。それぞれの部屋に帰る。日常動作。他者の存在の発見。次から次に他者が帰宅してくる。実感することをさらに想像力の世界に誘うために、天井からの帰宅者。際限なく帰宅してくる人々。混乱と当惑の態で。暗転。
予期せぬ展開にそれぞれ、よく反応できたと想う。しかし、それは演技術としての反応に過ぎず、実感や感情が二の次になってしまった。もっと本当の顔が見えて明かりが消したいのに。
最後に相関図。感情が混線し、愛情が溢れて、嫉妬し、哀願しというシーンになりたい。これも次々に無対象の登場人物。反応することに追われてしまった感あり。
でもね、ここまで出来たら、次はその先。必死に挑む参加者たちは熱いと想った。
できることを劇的にする。劇的な存在になるために。
以上。
過呼吸状態で毎回の稽古が終わる。しっかり掴んでほしいと想う。
期待している。
どうぞ、ここは自由参加です。