2012/06/18
『しずかに密やかにその地図を広げた向こう側に』稽古場作品

稽古場より帰る。213回目にして、参加者なしだった。通算3度目のあたしの稽古日にして、新作を演じてみた。

『しずかに密やかにその地図を広げた向こう側に』作 出演 森島朋美 音 DubMasterX

客電、いきなり落ちる。
明かりが入るとそこは原野。人っ子ひとりいない空間だけがある。
遠くから響くジンタが次第に近づいてくる。
誰でもない誰かが、しずかにしずかに現れる。極めてゆっくりとゆっくりとジンタの原野を歩いてくる態。いつしかそれは表情をなくした、あるいはお面をつけた人々の静かなダンスになっていく。
見世物小屋の見世物たちか、もののけか、
ある瞬間にあらわれる態。
ジンタが響く。極めてゆっくりだった誰でもなかったはずの誰かに魂がはいっていき、足取りが加速していく。切り刻むような歩行。しかし、それは行進のそれではない。
舞台上から消えるかと思うやいなや、立ち止まり唄う。
「こどものころ僕は甘い夢をみた」
振り返ると子供。少しだけ開いたドアの隙間から中を覗く。
部屋の中がまっ赤に燃えている。まっ赤に燃える部屋を身じろぎせず覗く子供。
火の海の中で裸体がふたつ焼きただれていく。
悲鳴。(これは子供の悲鳴ではなく、大人の悲鳴でよい)
茫然自失で佇む子供。
逃げ出す。何も何も、何もみなかった。何もなにも・・・とつぶやきながら、
気付くとまたドアの隙間を覗いている態。
気配に気付くと
美しいおばさんが近すぎる背後に立っている。
おばさんは言う。「あなたは何を見たの?何も何もみていない;」
それは命令するような強い響き。
「帰りたい、帰りたい。何も見ていない。」
子供は地面を見つめながら、家に帰る。
ちゃぶ台に座る。誰もいない。「うん、ただいま」「いただきます」
ちゃぶ台に並んだ料理に目をやるとどろどろに溶けたまっ赤な肉の塊がちゃぶ台を伝って
床を伝って、身体を覆う。
悲鳴。
逃げだして、辿り着いたところはドアの隙間。覗く。
と、子供はへび女にかわっていく。蠢く蛇女。蠢くうちに妖艶な、なまめかしい、女の姿に変わっている。
誘惑の態。
身体をくねらせ、誘う。男の手が肩を掴み、突き飛ばされる。
急激に襲う恐怖感。「止めて」とあるいは「待って」と男を制して逃げまどう。逃げて、逃げて押し倒される。
全身の力を抜き、目だけを開けて身を任せる女。エロチシズムの身体描写。
男が言う。女は応える。「何も何もみていない」
気付くと身体の上にいた男が天井まで届く怪人に変わっている。「誰?」
女は力の限り、逃げる。風が吹く。振り返るとドア。気配に立ち竦む。
いやな予感。佇む。決意して、ドアノブを回す。
入ると気配とドア、隙間の開いたドア。覗く。
蠢くふたつの裸体。一瞬だけ表情が感情的になるが、力強い抑制力。無表情でじっと見つめる女。極めて長い時間、じっと見つめる女。
踵を返して出ていく。やいなや、男に力ずくで引き戻され、女はあがき、抵抗する。
力ずくで突き飛ばす女。男は床に打ち付けられ、短いうめき声を上げ、静かになる。
見下ろす女。そして、言う。「何も何も見ていない。何も知らない。」
すべてを己の記憶の向こうに押しつけるようにして歩き続ける。歩く、歩く、次第にそれは子供の歩きに、誰でもない誰かの歩きに変わっていく。
時折、足にまとわりつくドロドロのドロドロの、何だろう?
ピタリと足が止まる。ドアの隙間に駆け寄る。覗く。
呼ばれて振り返る。
「はい」と応えて、ちゃぶ台に座る。
「はい、ただいま」
ジンタ。遠くから響いてくる。暗転。
風の音。そこは、荒野。

客電。
誰もいない。

記憶の暗部に迫ってみてください。
どうぞ、演じてみてね。

すべて、ひとりでどうぞ。

音のセッションがとてもよかった。