2009/09/22
考える葦である。悩んだ結果

今週の月曜日は父の命日だった。墓参りにも行かずに、芝居バカのあたしは開かれた稽古場をやった。参加者3名、見学1名だったから、ひとりひとり にダメを出し、ひとつの課題を繰り返して、完成度を少しあげた。稽古日記を書かなかった。つい数日前、あたしは師匠の日記に軽口のつもりのコメントをし た。そしたら、コメントが返っていた。おまえも能書きばかり言っていないで、勉強せいと。以来、激しい自信喪失状態である。稽古については、言ってしまえ はあたし流ではあるが、あたしが培ってきた役者修行の中から構成して、組み立てている。芝居を創る中では役者の魅力をひきださなければならない使命を感じ ている。稽古日記は能書きではない、つもりで、一気に稽古から帰宅すると書き続けてきた。鳴呼、あたしのやっていることは、あたしの稽古日記は能書きなの か? 今は、とても打ちのめされていて、稽古日記が書けない精神状態。自惚れではないが、自信は持たねばならぬ、そう思い、己を励ますが。次回からはやはりこれ はあたしのスタイルで書きたい。パパの命日の稽古あとはマイケルが教えてくれたイタリアンで、特別な日、パパが座っているようで嬉しかった。翌日はパパか ら貰った大きな冷蔵庫が死んだ。あたし、精進しているつもり、だけど、まだ足りないということだ。